僕や僕の同業者の友人の多くは、日々の制作作業で、AIを制作作業の効率化のための共同編集者として利用しています。そのため、自分たちの使い方が世間一般の使い方だと思い込んでしまう節があります。

知識の呪いに呪われている」でも触れていますが、これは日常的に同業者や自分と同じようなことに興味がある友人たちと接することで起きてしまう認知バイアスの一種だと感じています。

そんなある日、AIやPCは使っているけど、そこまで詳しくない友人とAIの利用方法の話をしているときに、ふと友人に「AIに文章のパターンを提案してもらえば良いんじゃない?」と提案したところ、「え?AIには『〇〇について教えて』みたいなことしか聞いたことないけど、そんなことができるの?」と逆に質問をされました。

そんな質問を、以前、同じようにPCに詳しくない複数の友人からも聞いており、なんとなく「彼らはAIを検索サイトの延長線上にあるものだと考えているのでは?」と考えるようになりました。

そこで、なんとなく友人たちからAIの使い方を聞き出してみると、彼らの使い方は大きく分けて「画像の生成」と「分からないことを質問する」の2点に集約されるように感じました。

画像制作は本当に面倒くさい

画像を制作するには、スマートフォンが登場する以前はPCで専用のソフトウェア(アプリ)が必要でしたが、現在ではスマートフォンのアプリでもある程度、意図通りのイメージの画像を制作することができるようになりました。

ただ、スマートフォンの小さな画面を見つめながら、ちまちまと作業をすることが、苦痛に感じるかどうかは、画像の制作頻度にかなり大きく影響するように感じます。

また、画像を制作する前に自分のイメージ通りのものを形にするための素材が必要になりますが、この「素材を探す」という作業は本当に大変です。

僕が制作業務で素材を探す場合、まず、素材となる画像の確認作業として、

  • 無料で利用できる素材か
  • ロイヤリティフリーか、ライツマネージドか
  • 商用利用が可能か
  • 印刷媒体での利用とデジタル媒体での利用では利用規約に違いはあるか

など、様々なことを確認しています。20年近く制作業務に携わっているため、これらの確認作業の多くをほぼ無意識でやっていますが、不慣れな方には本当に大変だと思います。

また、統一感のある素材を集める必要があったり、いざ素材を集めても、集めた素材の色味の調整や不要な部分の削除など、素材を加工する必要があります。

そんな手間暇をかけることなく、例えば、AIに「満天の星空にオーロラが出ており、クジラが空を泳いでいます。水面にはクジラの浮かぶ姿が映っています。そんな幻想的な画像を生成して」と指示を出せば、ほんの数秒で良い感じの画像を生成してくれるはずです。

ただ、AIが生成する画像は様々なプログラムや権利が複雑に絡み合っており、利用規約などで明確にAIが生成した画像の利用条件が示されていることは少なく、記載があっても多くの場合は「常識の範囲で節度を守ってご利用ください」という表現に留められていることが多いように感じます。

また、一般の利用者が、AIが生成した画像の利用条件をしっかり確認しているかというと、かなり怪しいと考えています。また、利用条件を確認した上で、明確に利用が禁止されていないのであれば、利用しても問題ないと考えるかもしれません。
それらを踏まえると、素材を探したり加工したりする必要がなく、指示を出せば数秒でそれなりに良い感じの画像を生成してくれるAIはものすごく魅力的なものに見えているはずです。
また、Instagramの存在も大きいように感じています。

InstagramのSNSとしての特殊性

僕の友人の中には「XやFacebookのアカウントは持っているけど、よく使っているのはInstagram」と言う方が一定数います。Instagramを使う友人たちは、書くことは思いつかないけど写真が1枚あれば投稿できる、ということに一定の利便性を感じているのかもしれません。

しかし、逆に言えば、写真がないと何も投稿ができないことを意味していますが、そんな場合に、AIでさくっと画像を生成すれば、文章を書かなくても投稿できるという点で、写真素材を準備しなくてもゼロから何かを生み出せる生成能力は大きな魅力になっているのかもしれません。

気になることはAIに質問をするらしい

僕はAIが事実ではないことを事実のように語るハルシネーションという現象が怖いため、基本的にAIにはあまり質問はせずに思考の壁打ちなどに利用していますが、友人は検索サイトで検索するように「〇〇について教えて」とAIに質問しているようです。

Googleはロゴの下に検索窓と呼ばれる入力ボックスが1つ配置されたレイアウトになっていますが、AIも似たようなレイアウトになっています。

僕が検索サイトで検索をするときは「りんご 原産地」のように、複数の単語で検索する「AND検索」を利用しています。しかし、Googleの入力ボックスに「りんご 原産地」と入力すると検索候補に「りんごの原産地はどこ」と表示される場合があります。

これは、一定数の利用者が会話をするように検索をしている可能性を示唆していますが、現時点で検索サイトは自然言語検索には対応していないはずですが、AIの登場により会話のように検索をしてしまうのかもしれません。

そして、なにより僕が1番気になったのは、友人はAIが提示した内容に対して、検索サイトなどで情報源の確認をすることはほとんどないと言っていたことでした。

AIは情報源を提示しない場合がある

検索サイトの場合、検索結果には様々なWebサイトが表示されるため、複数のWebサイトを確認することで情報の微妙な差異に気がつける可能性があります。

しかし、AIとのやり取りでは、AIに「あなたが学習した情報元を提示して」と伝えない限り、検索結果のように複数の情報源を提示することはあまりありません。これにより、検索サイトのような「情報を比較する」という機会が失われます。

また、AIの人間のような振る舞いによって擬人化を感じている場合、人間が持つ共感性によって、AIの提示した情報を鵜呑みにする心理状態になっているかもしれません。

つまり、友人にとってAIは共同編集者ではなく、どんな質問にも「質問の意図が理解できませんでした」「質問の答えが探し出せませんでした」とは決して言わない頼りになるコンシェルジュのように見えているようにも感じています。

AIが提供するかもしれない脳の省エネ化

X(旧Twitter)で、Grokにファクトチェックを依頼しているアカウントを時折、見かけることがあります。

僕の考えとして、AIは何が嘘で何が真実かを判断しているというよりは、対立する2つの意見がある場合、インターネット上にどちらの意見が多い(多数派)かを学習しているのではないかと感じています。

もし、AIやボットを利用して本来は嘘とされる情報を大量に拡散して、嘘の情報量が真実とされる情報量を大幅に上回れば、AIは嘘の情報を真実として理解して、利用者に伝えるかもしれません。

「台風情報を教えて」「エスワティニの首都は?」のような質問なら、気象庁や外務省といった専門機関が発信しており、また、状況によって答えの変化が少ないため、AIがハルシネーションを引き起こす可能性は低いと考えています。

しかし、質問内容が曖昧だったり、文化や利用者の考え方によって受け取り方が違う場合は、ハルシネーションを引き起こしやすくなるのではないかと感じています。その上で、AIが提示した内容を情報源などで確認せずにそのまま鵜呑みするとなると、何とも言えない危うさを感じています。

しかし、人間にとって「考える」ことは膨大なエネルギーを消費します。AIが人間のように振る舞い、自信ありげに語る様子には、人間が持つ共感性への揺さぶりや動物的な本能としての「思考の省エネ化」という抗いがたい魅力があるのかもしれません。

もうすぐWebサイトには誰も来なくなる

とはいえ、今では、天気予報や店舗の営業時間など知りたい内容によっては検索結果の上部に表示されるようになりました。

この検索手法は、利用者が検索結果をクリックせずに知りたい情報が得られる(目的が達成できる)ということから「ゼロクリック検索」などとも呼ばれています。そして今では「AIによる概要」が表示されており、ますます検索結果で完結しているかもしれません。

また、Googleは2025年5月から「Gemini 2.5」を利用して会話をするように質問をすることで、AIが複数の情報を要約して回答する「AIモード」という検索機能が実験的に提供されていますが、9月からは日本語でも利用できるようになりました。

ここ数ヶ月の動きを見ていても、検索とAIは確実に融合に向かっており、数年もしないうちに、僕も今以上に気になることはすぐにAIに質問するようになっている気がします。

ただ、そうなった場合、ADHDの特性を持つ僕にとってはちょっとした注意が必要になります。

情報提供の無限ループ

ADHDは即時性を求める傾向にあります。衝動性も相まって、今思いついたことを、今すぐ確認したくなります。その点、AIは24時間365日、いつでも質問することができます。

また、AIは質問した内容に、情報を追加して返す傾向があるため、AIによって追加された情報にさらに知的好奇心が刺激されることになります。

まるで、読み終わらない広辞苑やWikipediaを読み続けているかのように「ネットサーフィン」ならぬ「AIサーフィン」に陥りやすい危険性を感じています。

最後に

Googleも「AIモード」を積極的に推し進めている雰囲気があり、今後は、まるでAIに話しかけるように検索をする自然言語検索が一般的になるのは確実だと感じています。

そうなると、検索結果を深掘りし続けることで偶然、自分の好みに合う情報に出会う機会が減るかもしれません。また、僕が書いている誰も読まないブログは、ますます誰も読まなくなり、AIだけが唯一の読者になるかもしれません。

ただ、僕のブログは誰かに向けて書いているというよりも、僕の低い短期記憶を補う記憶の外部化として、また、未来の僕に対して、過去の僕が何を考えていたかという「記憶の断片」としての側面があります。

僕個人としては、近い未来、AIに質問をしながら検索するようになったとしても、手間であっても、検索結果に表示されたWebサイトを、自分の目で1つ1つ確認する、現在の検索方法も残し続けてほしいと強く願うところです。

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2004年よりWebサイト制作に携わり、2010年から山口県山口市で、Webサイトの制作や更新を専門とする個人事業主として制作業務を行なっております。

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