これまでは色々なブログで僕が雑貨を作っていることを書き続けており、もはやネタとして擦りすぎている感じもありますが「何回でも同じことを書こう」という信念に従って…
僕は2019年から雑貨作りを始めました。2004年から手に持つことができないWebサイトを作り続けてきた僕にとって「自分でデザインしたものが手に持てる」ということに特別な憧れがありました。
その一方で、ADHDのため見落としが多く、心のどこかにいつでも修正ができるWebサイトと異なり出稿後に間違いに気がついても修正やキャンセルができないという恐怖がなかったわけではありません。
しかし、そんな不安をやっとの思いで跳ね除けて、「小さなデザインならきっと大丈夫」という意味の分からない自信で心を武装して、縦横38mmの缶バッジのデザインを始めました。
そして、当初は「どうせ趣味みたいなもんだし…」と考えており、販売する予定はありませんでした。
商業デザインでは当然ですが、僕が長年関わってきたWebサイト制作は依頼者からの依頼があって初めて制作業務が発生します。僕にとって「デザインをすること」は、依頼者の希望に沿ったものをデザインするということが大前提でした。
そのため、自ら販売するとなると「好き勝手にデザインして良いのか」「デザインの最終決定を自分でしなければいけないのではないのか」という負担がつきまといます。そんな負担から逃げたくて「趣味の範囲」に留めようと考えていたのかもしれません。
妻からの提案で販売することになった
ただ、2005年頃から趣味として動物をモチーフに「あみぐるみ」という毛糸を編んで作る立体の人形を作って販売していた妻から「大丈夫!大丈夫!」という根拠のない後押しと「私の商品の横にこっそりと並べればいいから」というある種の強い圧によって、いきなり地元のハンドメイド系イベントに出店をして販売することになりました。
そして、そうと決まれば、商品数を増やすために「これがプロの本気だ!」と言わんばかりに頑張って作り続け、当日を迎えました。
その結果、全くと言っていいほどに売れませんでした。
それからも売れない日々が続いた
初戦で完膚なきまでに大敗したものの、妻の「出店し続けていればそのうち売れる」という方針により、その後も県内の様々なハンドメイドイベントを見つけては出店を続けました。
初戦で心は完全に折れていたものの「缶バッジがたくさんあれば、1つぐらいは誰かの心に引っかかるかもしれない」という数の暴力に打って出ることにして、その後もせっせと缶バッジをデザインしては発注し続けていました。
とはいえ、その後もしばらくは売れる気配はありませんでしたが、それでも出店を重ねるごとに少しずつ缶バッジの種類が増えたことでブースの前で立ち止まってくれる方がチラホラと出てきました。
そして、僕は懸命に聞こえないふりをしていましたが、立ち止まってくれた方々の多くが「これ!おもしろ缶バッジじゃん!」と言っていることにそれとなく気がついていました。
僕の中ではおもしろ缶バッジではなかった
僕がデザインした缶バッジは僕にとって「これはなかなか良い感じのデザインなのでは?」という意味での面白いデザイン(Good Design)でしたが、世間はそれを「おもしろ缶バッジ(Funny Item)」と受け取っているようでした。
ただ、第三者から「おもしろ缶バッジ」と言われたことへの不満などは一切なく、クライアントワークとして依頼者の希望を反映するのではなく、誰の指図も受けずにただただ僕の好みだけでデザインした缶バッジを「面白い」と言われたことに対しての不思議な感覚がありました。
缶バッジにアイデンティティが生まれた気がする
僕の感覚として、僕が作るデザインは、言葉遊びであったり、ひねくれた考えで物事を見ていたり、愉快という意味での面白いというよりは面倒くさいという印象も持っていましたが、時としてそれは他者を通して見ると「面白い」に変わることがすごく不思議でした。
少し本題から逸れますが、面倒くさいデザインの缶バッジを作る僕が、面倒くさいついでに、この「認識のズレ」について、もう少しだけ掘り下げてみようと思います。
アイデンティティ(自己同一性)とは「自分が自分であるという自覚」ですが、それだけではアイデンティティは確立せず、「他者が認識している他者の中にある自分に対する感覚」が合わさることでアイデンティティが確立すると感じています。
つまり、僕がデザインした缶バッジは、販売を始めた時点では「僕が考える良いデザイン」という価値しかありませんでしたが、第三者からの「おもしろ缶バッジ」という認識が加わったことで、僕の雑貨にアイデンティティが芽生え、それがオリジナリティと呼ばれるものの正体ではないかと考えるようになりました。
そして、その様子を客観視した僕が「僕が考える良いデザインだけでは缶バッジは売れない」と認識することで、第三者が感じる感覚を自分の中に取り込み、翻訳して、それが結果として新しいデザインの誕生に繋がっているような気がしています。
対面販売とオンラインショップでは価格が違う
面倒くさい話はこれぐらいにして…
これまで特に聞かれることもなく、わざわざ誰かに言う必要もなかったので、お伝えしていませんでしたが、この場をお借りして、対面販売とオンラインショップでは雑貨の価格が異なる理由をお伝えしたいと思います。
缶バッジに限って言えば、2026年1月時点でイベントなどの対面販売では税込みで250円で販売していますが、オンラインショップでは税込みで330円で販売しており、その価格差は80円もあります。
2026年1月時点15円のうまい棒が5本も買える価格差です。
デジタルの世界で生きる僕には世間の値上げは無縁のように感じられるかもしれませんが、仕事で使う様々なWebサービスやサブスクリプションは電気代や人件費などを理由に毎年のように値上げされており、その負担は年々厳しさを増しています。
それでいて、様々な業種と異なり、デジタル分野の業務は仕入れが必要なさそうに見えることもあり、なかなか値上げに踏み切れない部分が少なからずあります。
だから、本来であれば、対面販売でも缶バッジが330円でも売れるなら330円に値上げをしたいのが素直な気持ちです。むしろ、薄利多売の雑貨の世界のため販売価格を500円にしたい気持ちさえあります。
僕にもおじさんなりの誇りがある
最近では様々な世代の方に雑貨を買っていただけるようになりましたが、雑貨が売れなかった頃に缶バッジを買ってくれた方の多くは小学生ぐらいのお客様ばかりでした。
僕のブースに足を止め、10分近くかけて缶バッジを1つ1つ吟味して「全部買っちゃえよ」という僕の思いとは裏腹に「これだ!」と思うものを1つ選び、カバンから財布を出して、きっと親からもらったであろう大切なお小遣いで買ってくれました。
僕の仕事は広義にはデザイン業ですが、衣食住とは無縁の仕事です。人によっては「文化的価値がある仕事」と仰っていただけるかもしれませんが、僕としてはコロナ禍を経て、自分の仕事がいかに誰かの役に立つ可能性が低い仕事であるかを痛感していました。
しかし、彼らが目をキラキラさせながら1つ選び、腹の足しにもならない缶バッジを買ってくれる様子を見続けてしまったことで、僕は値上げに踏み切れなくなりました。
大人の本気というか、僕なりに本気を出してデザインをした缶バッジを見て、彼らの未来に少しでも何かしらの影響を与えることができるのであれば、今しばらくは、この価格で頑張りたいと考えています。
そしてなにより、小学生がオンラインショップで買い物をしたい場合は親が購入を代行するはずです。きっと、そこには数多くのクリアするべき難関があることでしょう。だからこそ対面販売では可能な限り安く、大人が利用するであろうオンラインショップでは少しだけ値上げをして販売をしています。
そのため、大人の皆様はお財布の事情が許す限り、オンラインショップでお求めいただくことを切に願うばかりです。
最後に
ここまで読んでいただき、言葉遊びのようであり、ひねくれた考えで物事を見ている僕が作っている缶バッジのことを、「どんなものか見てやろう」程度に、少しは気になっていただいているかもしれません。
そんな場合は是非、オンラインショップで100種類を超える缶バッジを、目をキラキラさせながら1つ1つ吟味していただき、まとめてお買い求めいただけることを切に願っております。
また、1円でも安くお求めの場合は、是非「イベント出店情報」をご確認いただき、ご都合の良いイベントにお越しいただけると幸いです。
長々と書いてきましたが、結局は雑貨の宣伝でした。お読みいただき、ありがとうございました。







