TikTokなどのダンス動画で使用されたことで「シティ・ポップ」が再注目されているようですが、子供の頃からよく耳にするけど、そもそも「シティ・ポップとはなんだろう」と疑問に感じていました。
「シティ・ポップとはこういうもの」と明確に定義されているわけではないようですが、洋楽の影響を受け、都会的で洗練されたメロディや歌詞を持ち、1970年代後半から1980年代にかけて日本で独自に流行した音楽ジャンルのようです。
シティ・ポップの代表曲として、竹内まりやさんの「プラスチック・ラブ」や、大瀧詠一さんの「君は天然色」、松任谷由実さんの「真珠のピアス」などが挙げられています。
明確な定義がないとすると「ロマンスの神様」がシティ・ポップなのか怪しいところではありますが、シティ・ポップを再構築して「フューチャーファンク」というジャンルを生み出した韓国のDJのNight Tempo氏によって「ロマンスの神様」が再注目されたことを理由に、強引にシティ・ポップとして話を進めたいと思います。
1993年はどんな時代?
1993年頃の日本は1980年代後半から不動産や株式などの価値が実体経済とはかけ離れて高騰する、いわゆるバブル期が崩壊して、その後「失われた10年」と呼ばれる入口にあったようです。
しかし、1993年当時の僕は中学生だったため、まだ世間の雰囲気をうまく理解できる年齢ではありませんでしたが、雑誌やポップソング、テレビなどからの情報によって当時の若い世代は夏は海、冬はスキー、そして恋愛を楽しんでいた世代のように感じていました。
もしかすると、当時の若い世代は、バブル期を謳歌した世代が仕掛けるトレンドに影響を受けつつも、就職や経済的には不安などを一時的に忘れるために、シュプール号に揺られてスキーや恋愛に没頭していた側面があるのかもしれません。
「ロマンスの神様」から感じる時代性
「ロマンスの神様」は、広瀬香美さんの3枚目のシングルとして、1993年12月に発売されました。1993年の状況を詳しく知らない僕でも知っているこの歌を、当時から歌詞に何とも言えない押しの強さを感じていました。
1993年から日々の体験を通して考え方が変容したことを含めて、おじさんになった今聴いても、何とも言えない押しの強さを感じるどころか、さらに押しが強くなったように感じます。
何とも言えない押しの強さの中に「男女平等や多様性が謳われるこの時代にこの歌詞は大丈夫なのか?」と感じる部分は少なからずありますが、過去の文化や出来事に影響を受けて生み出されたものを、現代の価値観で否定することを好ましいとは考えないため、今回はあえて無視をします。
この歌は「勇気と愛が世界を救う」と歌い始めます。複雑に絡み合ったこの世界を勇気と愛だけで救えるとは到底思えませんが、いきなりそう言い切られると「意外と救えるのかも…」と思えるから不思議です。
もしかすると、楽曲の発売当時は、ロマンスの神様は1999年7月に空から降りてくるかもしれないと考えられていた恐怖の大王からも世界を救う気だったのかもしれません。
歌詞が持つインパクト
「ロマンスの神様」は1990年代のスキーブームに合わせて、アルペンのCMソングとして広く親しまれたため、スキー場で流れる定番ソングとなっていますが、歌詞の中に冬やスキーを連想させる単語はありません。また、同じく広瀬香美さんが1995年に発売した「ゲレンデがとけるほど恋したい」とごっちゃになり、「ロマンスの神様」がより冬の定番曲のようなイメージがあるのかもしれません。
歌詞の中で、初対面の男性の年齢や住所、趣味、職業をさりげなくチェックしたり、「待ってました 合格ライン」と心の声が漏れ出たり、歌詞にルッキズムや男性を選別しているように感じる部分が少なからずあるかもしれません。
楽曲の時間や音程、歌詞の伝わりやすさや文字数などの制約がある中で、アーティストが表現したい思いなども踏まえて、全方向に優しさが求められる2025年では表現できないものの、1993年だからこそ表現できた歌詞だと受け止めています。そのため、現代では違和感がある表現だとしても、1993年当時の価値観や空気感を尊重するべきだと考えています。
さて、ここで歌われている男性は「今夜の飲み会」に来ている友達の友達の可能性が高いと感じています。今夜の飲み会なので、つまり夜です。オシャレとはいえ、どんなに合格ラインでも夜にサングラスをかけて登場し、出会った初日に「帰りは送らせて」と言う男性に惹かれるのは危ういと感じるのは老婆心でしょうか。
歌詞の中の女性は成長しません。永遠に1993年12月の今夜の飲み会の中で生きています。僕が初めてこの歌を聴いたときは、年上の女性の歌でしたが、いつしか彼女の年齢に追いつき、そして、彼女の父親に近い年齢になりつつあります。
その中で僕が感じる思いも変容し「飲み会にサングラスをかけてくるやつは疑ってかかった方が良い」と、むしろ親目線で心配していたりします。
とはいえ、淋しく1人でこぶしを握りしめる女性が、よくあたる星占いを信じて、「友情より愛情」と覚悟をもって決断したのなら、心から応援するのが正解なのかもしれません。
最後に
ここまでの内容から、僕がまるで「ロマンスの神様」を小馬鹿にしているような印象を与えるかもしれませんが、広瀬香美さんの力強い歌い方も相まって、僕は「ロマンスの神様」が大好きでよく聴いています。
1975年に発売された「木綿のハンカチーフ」では都会に染まらないでほしいと歌われていたり、1985年に発売された「卒業」では、卒業式で泣かないと冷たい人間と思われそうと歌われています。
最近では、歌詞の中で特定のSNSやアプリの名称が入っていたり、SNSや人間関係の煩わしさ、世界情勢や未来への不安を歌う楽曲が多いように感じています。
サブスクリプションの時代になり、一生涯で聴くことができない量の楽曲が提供され、流行曲が生まれにくい状況になりつつあるのかもしれませんが、それもまた、現代の大量消費や情報の即時性を表した資料として捉えることができるかもしれません。
人間はいつの時代も、言葉にしにくい心の機微を流行曲の歌詞に重ねて乗り越えてきたと感じており、僕は流行曲と雑誌はその時代を生きる人たちの思いや心情を知る資料になると感じています。
そういう意味でも「ロマンスの神様」から感じる何とも言えない力強さに、この歌が流行した1993年はどんな時代だったのか、当時の人達は何を思って生きていたのか…そんな事をついつい考えてしまいます。
なにはともあれ、こんな名曲を残してくれて!
ロマンスの神様!どうもありがとう!