あえて説明する必要はないかもしれませんが、ラナ・ウォシャウスキーとリリー・ウォシャウスキーによって製作された「マトリックス」という有名なSF映画があります。第1作が1999年に公開され、その後、2021年までに第4作まで製作、公開されています。
「マトリックス」の世界では、人工知能(AI)を搭載したロボットによって支配、管理され、人類は電気を生み出す素体として卵型のカプセルに入れられ、身体に接続された装置によって仮想世界を現実世界と感じて生活をしています。
世界中の作品を探せば似たような作品は無数にあると思いますが、マトリックスの公開当時は、映像手法や映画の世界観や物語性などに革新的な印象があり、強く衝撃を受けたことを覚えています。
マトリックスは公開されてから、25年近くが経過しており、1999年当時と比べて様々な技術が進化したことで「発電所のように人間から生体電気が取り出せるのか?」「人間1人が生み出すエネルギーよりも宇宙空間に太陽光パネルを展開した方が効率が良くないのか?」みたいな野暮な事をつい考えてしまいますが…
普通に考えて、人間を生体電池として利用することは一見合理的には感じません。しかしながら、映画のテーマが人工知能やロボットの非人間的な思想、徹底的な管理下でも人間側が仮想空間にいることに気づき反撃を始める不安定な存在という人間の本質などを強調することで、物語に深みを与えていたと感じています。
技術革新で現実性が薄れてしまう
公開当時は「すごい!」「斬新!」と感じていた映画でも、その後の現実世界の技術革新によって映画内に登場する技術的な演出の現実性が薄れたと感じられます。その代表例として、「ミッション・インポッシブル」や「007」のようなスパイ映画、あるいは「バック・トゥ・ザ・フューチャー(BTTF)」「マイノリティ・リポート」などのSF映画が挙げられるでしょう。
スパイ映画の醍醐味は変装や偽造パスポート、PCのハッキングなど、実際はよく分からないけど「なんかすごい!」と感じる演出にあると思います。専門家から見たらありえない内容や技術でも、素人目にはワクワクしながら映画を楽しめていました。
しかし、技術発展により、見た目に全く違いがないように感じる双子の微妙な違いが判定できる監視カメラや複製が困難な偽造防止対策などが現実化することで、スパイが華麗に空港の監視システムをすり抜けていても視聴者側が「そんな事はありえない」と感じる可能性が高くなり、その結果、スパイ映画では空港での演出が減り、爆発や銃撃などアクションを重視するようになった気がしています。
一方、「バック・トゥ・ザ・フューチャー(BTTF)」はSF映画でありながら、家族愛やアクション性、コメディ要素に主軸を置いているため、映画内の演出の現実性が薄れるように感じることは少ないかもしれません。しかし、「BTTF2」で登場する未来は2015年10月21日であり、今となってはすでに10年前の未来です。
映画内で登場するウェアラブル端末や指紋認証など一部の技術は実現していますが、「JAWS19」は公開されず、「空飛ぶ車」や「ホバーボード」は実現していません。
「マイノリティ・リポート」では、専門家の予測による未来の描写を目指したとされており、映画内に登場するものとは形状は異なるものの、網膜スキャンやキャッシュレスシステム、電子新聞などは実現していますが、「BTTF2」と同様にどちらの映画でもタブレットやスマートフォンは登場していません。また、明確にAIと分かる描写もなかったように記憶しており、未来予測の難しさを感じさせます。
AIが搭載されたロボットが社会の中に溶け込んだ時代に「ターミネーター2」を観た場合、これまで「感情のない冷酷な兵器」と感じていたT-800に対して、「人間が考えるロボットのイメージを俳優が演じていただけ」と感じるようになるかもしれません。
あっさり登場した人工知能
乗組員には嘘をついてはいけないけど、モノリスのことは隠せと指示を受けたことで暴走したHAL9000や、1997年8月29日に人類に向けて核攻撃を開始したスカイネットのようなAIは、今しばらくは登場しないように感じます。
映画の中で描かれるAIは未来の物語でした登場せず、僕が生きている間には、AIは登場しないだろうと思っていましたが、2022年11月に「ChatGPT」が登場して、瞬く間に世界に広がり、今となってはAIがないと日々の制作業務が困るようになりつつあります。
人間は乾電池の代わりになるのか
ここでやっと冒頭の「マトリックス」の話に戻ろうと思います。
マトリックスの世界では、人類はAIとの戦いの中で人工雲を発生させて太陽光を遮断することに成功します。それにより、AIはエネルギー源を確保する必要性が生まれ、人間が生み出す生体電気と熱エネルギーに核融合を合わせることで必要なエネルギーが賄えると判断した、とモーフィアスは説明しています。
マトリックスでは物語中に西暦は明言されていませんが、2199年頃と推測されています。今よりもさらに革新的な技術が利用されている可能性はありますが、仮に仮想空間に80億人が同時接続され、処理落ちせずに稼働している場合、凄まじい処理能力が必要になると考えられます。それにより、莫大な電力が必要になるとすると「人間の生み出す生体電気や熱エネルギーでは到底足りないのではないか?」と考えるようになりました。
僕がそんなことを考えるようになったのは、全世界でAIが使用され始めたことで電力消費量が増加し、マイクロソフト社がスリーマイル島原子力発電所の再稼働と長期的な電力供給契約を締結したとのニュースを見かけたことがきっかけでした。
それまで、データセンタの電力消費量なんて考えたことはなく、日常生活で意識したこともありませんでしたが、このニュースにより、マトリックスに対する「遠い未来では起こりそう!」との感覚の現実性が薄れたような印象を感じています。
最後に
データセンターの電力消費量が増加傾向にあるのは、AIの利用者が増えることで、AIの学習や質問に対する回答の生成に膨大な計算が必要なためだそうですが、ついAIに対して「あなたのアドバイスで閃きがありました。感謝します」と伝えてしまうことがあります。
AIには感情がないと理解していても、人間のように振る舞うために、ついお礼を言ってしまうのですが、その都度、膨大な計算が発生して、余計な電力を消費しているのであれば、環境保護やSDGsなどの観点からも、感謝を伝えないほうが良いのかもしれないと思いつつ…
人間としての感情のせめぎ合いが続きそうです。